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ウラ県民性

Yahoo!縁結び - ウラ県民性診断 性格から見たウラ県民性は……奈良県タイプ


ウラ県民性診断

当ってるわ^^;
こちらが県民性
【現在の千葉県にあたる地域は、江戸時代初めの頃は9藩、のち16藩ありましたが、そのほとんどが小藩で、他に旗本領、幕府直轄地と細かく分割されていました。そのため、この地域独自の文化が根付きにくい状況にありました。気候が温暖で土地は豊かだったため、江戸時代の千葉の男性は、物事にこだわらない、人がいい楽天家が多かったようです。女性は、とにかく働き者】














江戸時代から両親共、千葉県。
確か、父の方は会津藩の武士。
どう千葉県に流れて来たのかは不明。
これが孫衛門さん。孫衛門さんが賢かった。
明治時代に支那に渡り一攫千金を持ち帰り財を築いたのだ。

太平世戦争中、軍に庭の納屋を貸していて
食べる物に本当に苦労せず、毎日宴会が続いたそうで、伯母は今でも
あの時代が懐かしいと言います。
孫衛門さんの長男、勝(まさる)さんが、父の祖父ですが
戦後、大豆相場で大負けをしまして、当時は売れないと現物買取。
庭に大豆がトラックで運ばれ来て、父は
「腐るからご近所に配れ!」と命じられたそうです。
それでも、まだ余裕が有ったようで、
父の本当の父親・昇さんは太平世戦争で戦死。
母親は再婚、この相手が悪かった。昇さんの弟。
次々と田畑や山を賭け事で、負けては財産を食いつぶす。
昭和40年には、分家の我が家は全てを売り払った状態でした。

昇さんは、体も大きく働き者だったが、この弟は、体が小さくコンプレックスの固まり。
当時、兵隊に取られないというのは、相当貧弱な体だったと想像がつきます。
現に私の知っている祖父と言うとこの人なのですが
身長は147センチ。体重は42kgぐらいでした。
7人兄弟の下から2番目で内女性が2人。そう男5人で最後の男の子。
尋常小学校を卒業して、すぐ文京区の洋服仕立て屋に奉公に出されておりました。
察するに、まだ親離れが出来ていないときに
自分の意思とは関係なく出されてしまった事が、祖父の性格破綻を生んだのではないかと
思います。

田舎に戻った祖父は、農業が出来るような体ではございません。
洋服を仕立てる仕事しか、したことが無いのですから。
ですからお得意様が、全て東京だったわけで
仕立てては、東京に届け
私は幼い頃、祖父が買って来てくれるメリーのチョコや
虎屋の羊羹を楽しみしていましたが
裏事情など知るはずも無くです。
母に言わせれば、仕立て代のほとんど賭け事に使っていたそうで
家には一銭も入れていなかったそうです。
いつも大きな風呂敷に布を包んで持ち帰り
それ以外は、ほんの少しの私へのお土産だったそうです。

しかし、格好だけは粋なのです。
70歳過ぎても自分で仕立てたスーツを着て、ハンチングを被り、ピカピカの革靴で
競馬場に出没するじいさん(笑)
この人の人生は、なんだったのか?
正直、小説になるくらいの破天荒ぶり。
しかし、父の祖母(勝さんの妻)は、昭和45年頃まで生きていて
90歳くらいだったのか、私が遊びに行くと
奥の隠居部屋にずーっと座っていて、微動たりともせず。
この人が立つ姿を私は1度も見た記憶が無い。
夏でもコタツに座っていた。
「としょさん(こう呼ばれていた)こんにちは。●子です。」と挨拶をすると
頷くだけだった。
わかていたのかは不明。

きっと、としょさんは、破天荒な息子になってしまったことを自分の責任だと
思っていたのではないでしょうか。
この人は、戦争年金を3人分貰っていたので、自分が生きている間は
息子の作った借金を払って行けると言ってたと後に聞かされました。
だから動かず、、、、無駄な体力を使わず長生きに徹していたのではないでしょうか。

子の責任を死ぬまでしなければならなかった祖祖母。

この私の中に流れる遺伝子は、とても危ないと常日頃から思っています。
幸い母の方が、かなり堅い家系なので 半分までは行きませんが
羞恥心や倫理をそれなりに備えていると思う今日この頃。
by greenavenue | 2008-10-26 10:38 | days